『時には父のない子のように』


この前、『キレイ 神様と待ち合わせした女』を観てきました。なんかもう凄かったです。その感想を書く前にチーム申の『時には父のない子のように』を先に。『時には父のない子のように』は6月の公演だったので、もう2ヶ月ぐらい経っちゃってるんですが;『キレイ』を語る前にコチラを先に書いておかないと。それは何でかというと、実は私は舞台演劇ってものにあまり興味の無い人間でして・・・・・それには色々と理由があるのですが。理由は大雑把に挙げるとこんなもんです。

  • ①高い
  • ②長い
  • ③恥ずかしい

①はそらもう切実な問題でして。おマンマに食いっぱぐれるっつ話でさぁ。貧乏な私には1回の公演に7千円、8千円ものお金を払わなきゃいけないっつーのが、一番のネックでした。やっぱ高いよー。こんなもんにハマっちゃったら死活問題だしね。なるべく手を出したくないジャンルでした。②・・・・2、3時間とか長いんだよね。とっても集中力の無い人間なので、じーっと同じ物を見てるのがなかなかしんどい・・・・って子供かい。③は生身の人間がコッチ(客席)に向いて語りかけてくるってーのがどうにも恥ずかてぃ・・・・・だって、なんか皆、コッチに向かって大きな声張り上げて話し掛けてくるんですよ。目を輝かせて笑顔で。でも、客は存在しないことになってるんですよ。なーんかその作りがどうも・・・・・コッチに向かって大きな声で「メ〜〜モリ〜〜」とか突然歌われた日にゃ。ひぃいいい。タモさん並にミュージカルには拒否反応ですよ。さっきまで普通に喋ってたのに、何で突然歌い出すの??無理無理無理無理・・・・・。


そんな私が30年以上も生きてきた中、人生初で舞台を観に行ったのがチーム申(佐々木蔵之介佐藤隆太)の『時には父のない子のように』です。きっかけは友達に誘われたからっていうのもあるんだけど、なんつってもこの公演はチケット代が安かったんですよ。¥4,500でした。この金額で蔵之介と隆太君を生で見れるんだったら、そりゃ、行くっつーの。『時には〜』は公演劇場もこじんまりとした小さな劇場だったし、隆太君の公式サイトでチケット予約したので、かなり前の方の席で見れました。舞台までが近い近い。初めての観劇で凄く良い席で見られたと思います。いつもテレビで見る人達を近くで見れるって普通に感激したしねぇ。
『時には父のない子のように』のストーリーをざっくり説明すると、蔵之介&隆太は兄弟という設定。しかも、絶大な人気を誇った“一人漫才”の天才芸人の父親を持つ兄弟で佐々木蔵之介演じる兄は父親と同じ仕事を選び、一人漫才師として仕事をしている。しかし、根が真面目な兄にはお笑いの才能が無い。本人も才能が無いと自覚があるのに、真面目だから父の遺志を継がなくてはと考えている。片や、家出同然に東京に出て、バンド活動をしている佐藤隆太演じる弟は違う道に進んでいるのに、父親も認めるお笑いの才能を持っている。その兄弟が天才芸人である父親の49日に再会して・・・・・とそこから始まるお話。舞台は兄が住んでいるマンションの屋上で話が進んでいきます。たった2人しか出てこない、舞台背景もコンクリートの立ち上がりと金網のフェンスと柵ぐらいしか無くって、狭い舞台なのに空間が薄ら広い。こんなんで間が持つのかなーと思ったんですけど、2人の会話を聞いてるだけで十分満足出来ました。才能が無いのにお笑い芸人をやっている兄の葛藤と、そんな兄を差し置いて父親に才能を認められてしまった弟の苦悩についての会話が延々と2時間も続くので、途中で「芸人辞めたいなら辞めりゃいいじゃん」と焦れてきたりはするんだけど、それでもたった2人が喋り続ける2時間を退屈せずに見続けられました。蔵之介も隆太君も面白かったなぁ。蔵之介は笑いの間が本当に上手いんですよね。笑いって一番大事なのって間だと思うんですけど、蔵之介の表情と間は完璧でしたよ。そこらのお笑い芸人よりずっと。舞台を蔵之介が何をやっても笑えるっていう空気に持って行けるのが凄い。隆太君はフラフラしてそうで、実は内面で凄く葛藤してるという若者を飄々と演じてました。これの隆太君が凄く良かったんですよ。軽い若者風なのに落ち着いて見えた。その辺がスカスカのようで意外と中身が詰まってるって感じられて良かったのー。最近、ムードメーカー的な役しかさせて貰えない(泣)隆太君の役者としての良さが再確認出来ましたよ。彼はあの誰もがイチコロになるスマイルを持ちつつも、内面にしっかりと毒を持ってるっていうのが一番ハマると思うんだな。映像でもこういう役をドンドンやって欲しいなぁ。
なかなか面白い舞台でした。この舞台のDVDが出てるようですね。これは舞台美術も無いに等しいし、2人が延々喋ってるだけなので、映像になると退屈かもしれませんが。でも、それでこそ舞台って気がするなぁ。